ある職人が引退すると、その技はその日で終わります。工場なら誰かが買い取れますが、手の中にある技術は、譲り渡せません。
カルチャーテックは、この「消えていくもの」をどう残すかという試みです。言葉の意味と、いま必要とされる理由、そして文化を守る事業を続けるためのお金の話を整理します。
カルチャーテックとは
文化(Culture)と技術(Technology)を組み合わせた言葉で、テクノロジーで文化を守り、広げ、続けていく取り組みを指します。扱う範囲は広く、伝統工芸、芸能、祭り、音楽、映像、アート、地域の食文化、歴史的な建物などが含まれます。
具体例としては、職人の手の動きを映像やデータで記録して次の世代に渡す、越境ECで海外の買い手に直接届ける、3Dスキャンで文化財をデジタル保存する、ファンから直接支援を集める仕組みなどがあります。まだ新しい言葉ですが、千代田区が「CULTURE×TECH」を掲げた拠点を立ち上げるなど、自治体レベルでも少しずつ定着し始めています。
なぜ今、必要なのか
国が指定する伝統的工芸品の生産額は、平成10年度の2,784億円から平成29年度には927億円へ。約67%減りました。指定品目は240品目以上ありますが、品目が残っていても、作れる人がいなくなれば、そこで終わります。
農業と違うのは、設備を買っても代われないという点です。技術は人の中にあり、身につけるには10年、20年かかる。一度途切れると、二度と戻せません。
出典:総務省行政評価局「伝統工芸の地域資源としての活用に関する実態調査 結果報告書」(令和4年6月)、経済産業省 伝統的工芸品産業室 資料
文化の事業が「ユニコーン」になりにくい理由
- 量産ができない——手仕事はコピーすればするほど価値が薄れます。「たくさん作って安く売る」が通用しない
- 効率化が価値を壊すことがある——早く安く作れるようにした結果、それはもう別のものになってしまう。ここが他の産業と決定的に違う点です
- 価値を数字で説明しにくい——美しさ、誇り、記憶。大切だと誰もが思うのに、金額に置き換える方法がない
- 人が育つのに時間がかかる——技術の継承には10年単位が必要で、事業計画の時間軸と合わない
- 顧客が広く薄く散らばっている——日本中、世界中に少しずついる。見つけるのにコストがかかる
急激に大きくすることが、そもそも構造的に難しい。5年で何倍にもする前提の資金とは噛み合いません。
だから、ゼブラ企業なのか
急には大きくならない。けれど、失われたら取り返しがつかない。文化はまさに、ゼブラ企業が向き合う領域です。
- 作り手を置き換えるのではなく、作り手が稼げるようにする——技術をデータ化するのは職人を不要にするためではなく、正当な値段で売り、次に渡すため
- 土地とセットで広がる——文化は場所に根ざしています。地域の人、自治体、教育機関、観光、他の作り手と組むことが、そのまま事業になる
- 時間を味方にする——100年続いてきたものを、次の100年に渡す。短期の成長より、続くことに価値がある
ひとりで守るのではなく、みんなで支える。文化の継承は、もともとそういう性質のものです。
続けるためのお金の話
文化の事業でいちばん多い失敗は、安く売りすぎることです。原価がわからないまま値段をつけ、作れば作るほど苦しくなる。手仕事は原価の把握が難しく、何時間かかったか、どの工程にコストがあるかが見えていないと、適正な値段はつけられません。
在庫の問題もあります。売れるまで何年もかかる商品は、資産にも重荷にもなる。助成金、寄付、クラウドファンディングと多様なお金が集まりますが、それぞれ会計や税務の扱いが違います。
そして、継ぐときの問題。技術と道具と屋号を次の世代に渡すとき、それをいくらと評価するのか。ここでつまずいて、続けられたはずの事業が終わることがあります。
会計士として、こんなお手伝いをしています
- 工程ごとの時間とコストを把握し、適正な値付けの根拠をつくる
- 在庫の持ち方と評価の方針を決める(長期在庫をどう扱うか)
- 助成金・寄付・クラウドファンディングの会計処理と税務の整理
- 事業承継のときに、技術・道具・屋号をどう評価し、どう引き継ぐか
- 文化的な価値を、支援者や金融機関に伝わる数字に翻訳すること
文化を守る事業は、志だけでは続きません。続けるための数字を持っているかどうかが分かれ目になります。農業と同じく、事業の時間軸に合ったお金の形をつくることが要になります。
まとめ
- カルチャーテックとは、テクノロジーで文化を守り、続けていく取り組み
- 伝統的工芸品の生産額は、平成10年度から平成29年度で約67%減った
- 文化は量産も効率化もしにくく、だからこそゼブラ企業の考え方が最も合う分野のひとつ
- 続けるためには、適正な値付けと、時間軸に合ったお金の設計が欠かせない