いい会社をつくると、買いたい人が現れます。創業者が引退すると、方針が変わることがあります。事業を続けるつもりでいても、所有のかたちがそれを許さないことがある。この問題に、所有の仕組みで答えようとする考え方があります。
スチュワードオーナーシップとは
スチュワード(steward)は、執事や管理人を意味する言葉です。スチュワードオーナーシップは、会社を個人の所有物ではなく、次に引き継ぐために預かっているものと捉える所有のかたちを指します。
核になるのは、議決権(意思決定の権利)と、経済的権利(お金を受け取る権利)を切り離すという設計です。普及を進めている団体は、2つの原則を挙げています。
- 自己決定——会社は投機の対象にならず、長く自己決定と独立を保つ。支配権はどのような形でも相続・売買されず、会社とその使命に関わる人の手に残る
- 目的志向——利益はそれ自体が目的ではなく、手段である。利益は事業への再投資や公益のための寄付に使われ、出資者へのリターンに充てる場合も、期間・金額・影響力に上限が設けられる
なお、支配権を持つ人も、働きに見合った報酬は受け取れます。できないのは、会社の資産や価値を個人の消費のために引き出すことです。
普通の株式会社と、何が違うのか
通常の株式会社では、株式を持つ人が議決権と配当の両方を持ちます。だから、株式を買えば会社の支配権も手に入ります。スチュワードオーナーシップでは、この2つを分けます。
- 議決権——事業に関わる人(スチュワード)が持つ。売ることも、相続させることもできない
- 経済的権利——出資者などが持つ。ただし上限が設けられる
その結果、会社が売り物になりにくくなり、買収や、相続による株式の分散も起きにくくなります。
なぜ、ゼブラ企業と相性がいいのか
ゼブラ企業には、構造的に起きやすい弱点が2つあると考えています。
- うまくいくほど、買われる——事業が軌道に乗ると、買収の話が来ることがあります。売れば、新しい株主の時間軸で経営されます。長い時間をかける前提だった事業が短い期間で結果を求められ、理念が薄まるおそれがあります
- 創業者が代わると、途切れる——理念が創業者個人に結びついていると、承継のときに途切れやすくなります。相続で株式が分散すれば、なおさらです
スチュワードオーナーシップは、この2つに所有の構造で答えようとするものです。資本政策の記事で「出口の前提を先に共有する」と書きました。スチュワードオーナーシップは、その合意を気持ちではなく仕組みに落としたものと言えるでしょう。
「スチュワードシップ・コード」とは別物です
- スチュワードシップ・コード——金融庁が公表している、機関投資家向けの行動原則です。投資先企業との対話などを通じて、企業価値の向上や持続的な成長を促すことを求めています
- スチュワードオーナーシップ——会社側の所有構造の話です
名前は似ていますが、前者は投資する側、後者は所有される側の話です。
海外では、どんな形があるのか
- 財団所有——非営利の財団が、議決権と配当を受ける権利の両方を持つ
- ダブル財団——議決権を持つ団体と、経済的権利を持つ団体を分ける
- ゴールデンシェア(拒否権付株式)——議決権の大半はスチュワードが持ち、独立した団体がごく一部の株式を持って、原則に反する変更を止められるようにする
- パーペチュアル・パーパス・トラスト——個人の受益者ではなく、特定の目的のために設けられた信託が保有する
- 従業員所有信託——従業員のための信託が、事業会社の株式を保有する
例として挙げられる企業には、ドイツのボッシュやツァイス、デンマークのノボ ノルディスクやカールスバーグ、アメリカのパタゴニアなどがあります。大企業でも成り立っている点は、押さえておく価値があります。
日本でやるとしたら
ここは慎重に書きます。日本で同じ形をそのまま実現できるかは、専門家の検討が必要です。考えられる道具としては、次のようなものがあります。
- 種類株式——特定の決議に拒否権を持たせる種類株式(いわゆる黄金株)があり、定款の変更など会社の根本に関わる事項を止められるようにする使い方が考えられます
- 株式の譲渡制限——株式が自由に売買されない状態をつくる
- 一般社団法人による保有——株式を法人に持たせ、議決権を個人から切り離す
- 信託の活用
ただし、どれもこの目的のために作られた制度ではなく、組み合わせて近い形をつくることになります。税務上の扱い、相続時の評価、金融機関の理解など、確認すべき点が多く残ります。設計は弁護士・司法書士・税理士との共同作業になり、後から直しにくい領域です。
デメリットもあります
- 通常の出資を受けにくくなる——株式の値上がりで利益を得る投資家にとっては、投資する理由が小さくなります
- 後戻りが難しい——売れない仕組みは、気が変わっても解きにくい仕組みでもあります
- 設計に費用と時間がかかる——専門家への依頼も、関係者との調整も必要です
- 説明の手間が増える——日本ではまだなじみの薄い考え方のため、金融機関や取引先への説明が必要になる場面が多いと考えられます
- 創業者の経済的な出口が限られる——会社を売って引退する、という選択肢を手放すことになります
すべての会社に向く仕組みではありません。ただ、「この事業は自分のものではなく、次に渡すものだ」と考えている経営者には、検討する価値があると考えています。
会計士として、こんなお手伝いをしています
- 所有構造の整理——いまの株主構成が、将来どうなりうるかを見える形にします
- 承継の検討——相続で株式が分散した場合に、議決権がどう動くかを試算します
- 資金調達への影響の検討——所有のかたちを変えたとき、調達にどう響くかを整理します
- 専門家との連携——弁護士・司法書士・税理士と組んで、設計を検討します
会社を誰のものにするかは、財務の問題であり、同時に意思の問題です。数字の面からその判断を支えるのが、会計士の役割だと考えています。
まとめ
- スチュワードオーナーシップは、議決権と経済的権利を切り離す所有のかたち
- 原則は2つ。支配権は売買・相続されない、利益は目的のための手段
- ゼブラ企業に起きやすい「買われる」「承継で途切れる」に、構造で答えようとする
- 金融庁が公表しているスチュワードシップ・コードとは別物
- 日本では既存の制度を組み合わせることになり、専門家との設計が前提になる
- 出資を受けにくい、後戻りしにくいといったデメリットもある
出典
2026年9月11日にリンク先を確認しています。
- The Principles of Steward-Ownership|steward-ownership.com(英語)
- What's steward ownership?|Purpose Economy(英語)
- Steward-ownership|Wikipedia(英語)
- 「責任ある機関投資家」の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫(2025年6月26日改訂・PDF)|金融庁
- 会社法(平成17年法律第86号)|e-Gov法令検索